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熱中症は労災になる?認定の仕組みと会社がやるべき手続き【企業側の実務ガイド】
従業員が仕事中に熱中症で倒れたとき、会社は何をすべきか。「熱中症 労災」で検索して出てくる記事の多くは、被災した労働者向けに書かれています。会社側の担当者——総務や安全衛生の実務者が知りたい「どの書類を、いつまでに、どこへ出すのか」「労災認定されたら会社の責任はどうなるのか」に答える情報は、意外と見つかりません。
この記事では、熱中症の労災認定の仕組みと、従業員が発症したときに会社が行う手続きを、企業側の実務の順序で整理します。先に要点を3つ挙げておきます。
- 業務中の熱中症は、労災(業務上疾病)として認定され得る。「本人の体調管理の問題」で片づけてよいものではない
- 会社がやるべき手続きの中心は、労働者死傷病報告の提出と、労災請求への協力。2025年1月から死傷病報告は電子申請が原則になっている
- 労災認定と会社の過失は別の話。 労災認定されたことが、そのまま「会社に落ち度があった」ことを意味するわけではない

熱中症は労災になる
業務中の熱中症は、労働基準法施行規則の別表(第1の2)に「暑熱な場所における業務による熱中症」として業務上疾病の一つに明記されています。つまり熱中症は、制度上はじめから労災として想定されている疾病です。
労災と認められるかどうかは、他の労災と同じく次の2つの要件で判断されます。
要件 | 意味 | 熱中症の場合の例 |
|---|---|---|
業務遂行性 | 労働契約にもとづき事業主の支配下にある状態で発生したか | 作業中、現場間の移動中、事業場内での休憩中の発症など |
業務起因性 | 業務と傷病の間に因果関係があるか | 高温多湿の環境下での作業と発症の間に関連が認められるか |
ポイントは、屋外の現場作業に限らないことです。空調のない倉庫や厨房での作業、営業の外回りや配達の途中、出張先での移動なども、事業主の支配下での業務であれば対象になり得ます。
なお、実際の発生規模を押さえておくと、厚生労働省の確定値では令和7年(2025年)の職場での熱中症による死傷者(休業4日以上)は1,803人と統計開始以来最多でした(2026年5月27日公表)。どの業種でも「自社で起きたときの手続き」を知っておく必要がある水準です。
認定はどう判断されるのか
熱中症の労災認定について、厚生労働省は次のような要件を示しています(厚生労働省「熱中症の労災認定」リーフレット等)。
一般的な認定要件
1. 業務上の突発的な出来事、または発生状態を時間的・場所的に明確にできる原因が存在すること
2. その原因の性質や強度、発症までの時間的間隔などから、業務と疾病との因果関係が医学上認められること
3. 業務以外の原因(私病など)により発病したものでないこと
医学的な診断要件
1. 作業条件と温湿度条件などの把握
2. 一般症状の視診(体温測定を含む)および諸検査による他疾患の除外
実務的に言い換えると、認定の場面で重要になるのは「いつ・どこで・どんな環境で・どんな作業をしていて発症したか」の記録です。当日の気温・WBGT、作業内容と時間、発症時の状況、応急対応の経過。これらが残っているほど判断は速く、正確になります。日頃のWBGT測定記録は、予防のためだけでなく、発生時の事実確認の基礎資料にもなります。
認定されにくいケース
一方で、業務起因性の判断が難しくなる例もあります。
- 発症の時期・場所が業務と結びつかない場合(帰宅後しばらく経ってからの発症で、業務との関連を示す情報がない等)
- 私的な行動や業務外の要因の影響が大きい場合
- 基礎疾患など、業務以外の原因による発症の可能性が高い場合
ただし、基礎疾患があること自体が認定を妨げるわけではありません。判断するのは会社ではなく労働基準監督署です。会社側で「これは労災ではない」と決めつけて手続きを止めることは、後述する死傷病報告義務との関係でも避けるべき対応です。
従業員が熱中症になったら、会社がやること
ここからが本題です。時系列で整理します。

ステップ1: 初動——救護を最優先にする
まず救護です。涼しい場所への移動、体の冷却、意識障害があれば迷わず救急要請。社内の報告体制・手順に沿って動きます(初動の具体的な手順は関連記事で解説しています)。
初動の段階から、可能な範囲で記録係を決めておくと後の手続きが楽になります。発症時刻、場所、作業内容、その日の気温・WBGT、対応の経過を、当日中にメモに残してください。救急要請した場合は、救急隊に「いつから・どんな環境で・どんな作業をしていたか」「意識の状態の変化」「実施した冷却の内容」を伝えられるようにしておくと、搬送先での処置がスムーズになります。
ステップ2: 受診と記録
医療機関を受診させ、診断内容を確認します。本人が「大丈夫」と言っても、意識障害・嘔吐・回復しない倦怠感があった場合は受診させるのが原則です。あわせて次を記録します。
- 発症状況(5W1H)と目撃者
- 当日の温湿度・WBGT測定値、作業時間
- 受診した医療機関名と診断名、休業の見込み
ステップ3: 労働者死傷病報告を提出する
労働災害により労働者が死亡または休業した場合、会社は労働基準監督署へ「労働者死傷病報告」を提出する義務があります(労働安全衛生規則第97条)。
休業の程度 | 提出期限 |
|---|---|
死亡または休業4日以上 | 遅滞なく提出 |
休業1〜3日 | 四半期ごとにまとめて提出 |
2025年1月1日から、労働者死傷病報告は電子申請が原則になっています。 厚生労働省の労働安全衛生法関係の届出・申請システム(e-Gov経由を含む)から提出します。紙の様式に慣れていた担当者は、初回はアカウント準備の時間も見込んでください。
熱中症は「ケガ」ではなく疾病ですが、業務に起因して休業すれば死傷病報告の対象です。報告書の災害発生状況の欄には、当日の作業内容とあわせて、気温・WBGTなどの温度環境をできるだけ具体的に記載します。ステップ1・2で残した記録が、ここでそのまま生きます。
なお、提出を怠ったり虚偽の内容を報告したりすることは、いわゆる「労災かくし」として処罰の対象になり得ます。「労災にすると会社の評価に響くのでは」という心配から報告をためらうケースがありますが、順序が逆です。報告は事実の届出であり、過失の自白ではありません。報告しないことのほうが、明確な法令違反になります。
ステップ4: 労災請求への協力——事業主証明欄
治療費や休業補償の給付を受けるには、労働者(または遺族)が労働基準監督署へ労災請求を行います。請求書には「災害の原因及び発生状況」などについての事業主証明欄があり、会社は記載内容の証明を求められます。
実務のポイントは次のとおりです。
主な請求書の様式は次のとおりです。治療費については、労災指定医療機関で受診した場合は療養の給付請求書(様式第5号)を医療機関経由で提出し、窓口負担なしで治療を受けられます。指定医療機関以外で受診した場合は、いったん本人が立て替え、後から費用請求(様式第7号)を行う流れになります。休業補償の請求は様式第8号です。
- 証明するのは「災害発生の事実」であり、会社の責任を認める書面ではない
- 請求手続きに不慣れな従業員のために、会社側が請求書の作成を手伝うことは一般的に行われている
- 発生状況の認識が本人と食い違う場合でも、証明を拒否して手続きを止めるのは避ける。事業主証明が得られない場合でも労働者は請求でき、最終的には監督署が調査して判断する。会社としての見解があれば、別途意見を述べることができる
ステップ5: 再発防止の検討と記録
労災の手続きと並行して、発生原因の分析と再発防止策の検討を行い、記録に残します。監督署から報告や資料の提出を求められた場合に備える意味でも、「何が起きて、何を変えたか」を文書化しておくことが重要です。
労災保険から給付されるもの
従業員から「労災になったら何が出るんですか」と聞かれたときに答えられる粒度で、主な給付をまとめます。

給付 | 内容 |
|---|---|
療養(補償)給付 | 治療費。労災指定医療機関なら窓口負担なしで治療を受けられる |
休業(補償)給付 | 休業4日目から、給付基礎日額の60%。特別支給金20%が上乗せされ、あわせて約80%の水準 |
障害(補償)給付 | 後遺障害が残った場合に、等級に応じて年金または一時金 |
遺族(補償)給付・葬祭料 | 死亡の場合に遺族へ年金または一時金、および葬祭費用 |
傷病(補償)年金 | 療養開始から1年6か月を経過しても治らない場合など |
会社側として補足しておきたい点が2つあります。
- 待期期間の3日分は会社が補償する。 休業給付は4日目からのため、業務災害では最初の3日間について会社が平均賃金の60%の休業補償を行います(労働基準法第76条)
- 健康保険は使えない。 業務上の傷病は労災保険の守備範囲であり、健康保険での受診は原則できません。誤って健康保険で受診した場合は切り替えの手続きが必要になります
請求には時効があります(療養・休業の給付は2年、障害・遺族の給付は5年)。従業員が請求をためらっている場合も、期限があることは伝えておくべきです。
労災認定と安全配慮義務は「別の話」
企業側の担当者が最も整理しておくべきなのが、この点です。
労災保険の給付は、会社に過失があったかどうかを問いません。 労災保険は無過失の保険給付の制度であり、業務起因性が認められれば、会社が対策を尽くしていたとしても給付されます。したがって、「労災認定された=会社に落ち度があったと公的に認定された」ではありません。
一方で、これとは別に、会社は労働契約法第5条にもとづく安全配慮義務を負っています。会社が必要な対策を怠っていた結果として従業員が熱中症になった場合、労災保険の給付とは別に、民事上の損害賠償責任が問われる可能性があります。整理すると次のようになります。
労災保険給付 | 安全配慮義務(民事責任) | |
|---|---|---|
会社の過失 | 問わない | 過失(対策を怠ったこと)が前提 |
判断する主体 | 労働基準監督署 | 当事者間の交渉・裁判所 |
会社の負担 | 保険給付として支給(保険料は納付済み) | 賠償責任が認められれば会社が負担 |
つまり、労災認定そのものを恐れて手続きを渋る理由はなく、会社が本当に備えるべきは「対策を怠っていた」と評価されない状態——2025年6月から義務化されている報告体制・手順の整備と、その実施記録です。義務化対応がきちんと文書と記録で残っている会社は、万一の労災発生時にも、誠実に対応してきた事実を示すことができます。
具体的には、次のような記録の積み重ねが「対策していた」ことの裏づけになります。
- 報告体制図・重篤化防止の手順書と、その周知の記録(メール履歴、朝礼・教育の実施記録)
- WBGT・気温の測定記録と、それにもとづく作業調整の記録
- 水分・塩分補給や休憩ルールの運用実態がわかる資料
- 発症時に手順どおり対応したことを示す当日の記録
逆に、発生後に慌てて書類を整えても、日付のない体制図や実態と乖離した手順書は裏づけになりません。日常の運用と記録こそが、従業員を守ると同時に、会社を守ります。
よくある質問
Q1. 通勤中に熱中症になった場合も労災ですか?
通勤中の災害は、業務災害とは別枠の「通勤災害」として労災保険の給付対象になり得ます。合理的な経路・方法での通勤途上であることが要件です。給付の内容はおおむね業務災害と同様ですが、通勤災害の場合、待期期間3日分の事業主による休業補償(労働基準法第76条)は適用されません。真夏の徒歩通勤・自転車通勤での発症が疑われる場合も、本人任せにせず手続きを案内してください。
Q2. アルバイト・パートも労災保険の対象ですか?
対象です。労災保険は雇用形態にかかわらず、すべての労働者に適用されます。保険料は全額事業主負担であり、労働者側の加入手続きや保険料負担はありません。夏季だけの短期アルバイトも同様です。むしろ短期就労者は暑熱順化が進んでいないため発症リスクが高く、予防面でも重点対象と考えるべきです。
Q3. 労災を使うと、会社の保険料は上がりますか?
一定規模以上の事業場には、労災保険の収支に応じて保険料率が増減する「メリット制」があり、業務災害の給付が保険料に影響する場合はあります。ただし、それを理由に労災の手続きを避けることはできません。死傷病報告の不提出・虚偽報告は「労災かくし」として処罰対象になり得るためです。保険料への影響は制度上の仕組みとして受け止め、手続きは事実どおり進めるのが唯一の正解です。
Q4. 本人が「労災にしなくていい」と言っている場合は?
労災請求を行うかどうかは最終的には本人の意思ですが、会社の労働者死傷病報告の提出義務は、本人の意向とは関係なく発生します(死亡・休業がある場合)。また、本人が健康保険で受診してしまうと後で切り替えの手間が生じること、請求には時効があることは説明しておくべきです。
「大ごとにしたくない」という遠慮が背景にあることが多いため、労災請求が会社への攻撃ではなく通常の手続きであることを伝えると、話が進みやすくなります。
Q5. 労災認定の結果が出るまで、どのくらいかかりますか?
事案によって幅がありますが、休業補償などの請求では監督署の調査を経て決定されるため、一定の期間を要します。この間の従業員の生活面への配慮(有給の扱い、社内の見舞金制度の案内等)を決めておくと、担当者が個別判断で悩まずに済みます。
そもそも起こさせないために
ここまで発生後の手続きを整理してきましたが、最良の労災対応は発生させないことです。
- 義務化された報告体制・手順の整備と実施記録の残し方 →
- 建設・配送・外回り営業など職種別の現場対策 →
- WBGTの測定と記録の実務 →
予防策のなかでも見落とされがちな「移動中の暑熱対策」については、オフィスに設置して従業員が無料で使える傘のシェアリング「アイカサOffice」(12都道府県・全国1,000駅以上、合計約2,500か所にスポットを設置。2026年7月時点)のような仕組みも選択肢になります。日常の予防と発生時の手続きの両方を備えて、夏を迎えてください。
出典・参考資料
- 厚生労働省 基発0520第6号「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行について」 https://www.mhlw.go.jp/content/001490909.pdf
- 厚生労働省「職場における熱中症による死傷災害の発生状況(令和7年確定値)」2026年5月27日公表 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_73330.html
- 厚生労働省「熱中症の労災認定」リーフレット
- 労働基準法施行規則 別表第1の2(業務上疾病の範囲)、労働安全衛生規則第97条(労働者死傷病報告)、労働基準法第76条(休業補償)、労働契約法第5条(安全配慮義務)
