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オフィスの防災備蓄、何をどれだけ置くか|条例の「3日分」と見落とされる「4日目」
大地震が起きたとき、オフィスにいる従業員は「すぐには帰れない」──これが、いまの防災対策の大前提です。
東京都の被害想定では、首都直下地震の発生時、都内の帰宅困難者は約453万人にのぼるとされています(東京都防災会議「首都直下地震等による東京の被害想定」・2022年5月)。全員が一斉に帰宅を始めれば、歩道は人であふれ、救急車も消防車も進めなくなる。だから従業員には「会社に留まってもらう」。そのために必要なのが、オフィスの防災備蓄です。
この記事では、次の3点を順に整理します。
- 条例が求める「3日分」の根拠と、1人あたりの具体的な数量
- 出社率や保管スペースを踏まえた現実的な調整方法
- ほとんどの記事が触れていない「発災3日後、順次帰宅する局面」への備え
総務・防災担当として「何をどれだけ買えばいいか」をすぐ知りたい方は、2章の数量表からお読みください。

1. なぜ「3日分」なのか──帰宅困難者対策条例の考え方
一斉帰宅の抑制という発想
2011年の東日本大震災では、首都圏で多くの人が帰宅手段を失い、駅や道路に人が滞留しました。この経験を踏まえて制定されたのが、東京都帰宅困難者対策条例(2012年3月制定、2013年4月施行)です。
条例の柱は「一斉帰宅の抑制」。発災直後の72時間は、救出・救助活動が最優先される時間帯です。この間に大量の徒歩帰宅者が道路にあふれると、緊急車両の通行を妨げ、本人も余震・落下物・火災のリスクにさらされます。だから企業は従業員を事業所内に待機させる。そのために、条例は事業者に対して従業員の3日分の飲料水・食料等の備蓄を努力義務として定めています(東京都防災ホームページ「帰宅困難者対策」)。
押さえておきたいポイントは3つです。
- 「3日分」は待機期間の想定から逆算された数字である(発災後72時間は救助優先)
- 努力義務であり罰則はない。ただし従業員への安全配慮義務(労働契約法第5条)の観点から、備蓄の有無は企業の責任問題になり得る
- 対象は都内の全事業者。規模の大小を問わない
なお、内閣府も「災害発生時における大規模な帰宅困難者等の発生への対策に関するガイドライン」(内閣府防災担当・令和8年1月改定)で、「むやみに移動を開始しない」という基本原則の徹底と、企業等における従業員の施設内待機の推進を明記しています。この考え方は東京都に限らず全国の事業所に当てはまります。
「従業員分だけ」では足りない──10%の上乗せ
東京都の条例・ガイドラインでは、従業員だけでなく、来客や取引先など事業所に居合わせた外部の人のために、10%程度の上乗せ備蓄が推奨されています。100人の会社なら110人分を用意する計算です。この10%ルールは後の計算例にも織り込みます。

2. 何をどれだけ置くか──1人あたりの数量表
基本の数量(東京都条例の目安に準拠)
品目 | 1人あたりの目安 | 根拠・備考 |
|---|---|---|
飲料水 | 9L(3L×3日) | 東京都条例の備蓄目安。500mlペット18本 or 2L 4.5本 |
主食 | 9食(3食×3日) | アルファ化米、レトルトご飯、乾パン、栄養補助食品など。水・加熱不要のものを軸に |
毛布・保温具 | 1枚 | アルミブランケットなら省スペース。冬場の空調停止に備える |
簡易トイレ | 15回分(5回/日×3日) | 断水・排水管損傷でトイレは使えなくなる前提。凝固剤タイプが主流 |
このほか、人数に比例しない「事業所単位」の備品として、以下を揃えます。
品目 | 目安 | 備考 |
|---|---|---|
救急セット | フロアごとに1式 | 常備薬・絆創膏・消毒・包帯・ハサミ |
携帯ラジオ・乾電池 | フロアごとに1台+予備電池 | 停電時の情報収集。手回し充電式も可 |
懐中電灯・ランタン | 執務室・階段・トイレをカバーする数 | 全館停電を想定。1人1本の小型ライトが理想 |
モバイルバッテリー・充電器 | 部署ごとに複数 | 安否確認・情報収集の生命線 |
ヘルメット・軍手 | 最低限、防災担当分 | 余裕があれば全員分 |
衛生用品 | 人数に応じて | ウェットティッシュ、マスク、生理用品、歯磨きシート |
工具・ブルーシート | 1式 | バール、ガムテープ、養生テープ |
従業員数別の計算例(10%上乗せ込み)
従業員数 | 想定人数(+10%) | 水 | 主食 | 毛布 | 簡易トイレ |
|---|---|---|---|---|---|
30人 | 33人 | 297L(2L×約150本) | 297食 | 33枚 | 495回分 |
100人 | 110人 | 990L(2L×495本) | 990食 | 110枚 | 1,650回分 |
300人 | 330人 | 2,970L(2L×約1,485本) | 2,970食 | 330枚 | 4,950回分 |
数字にすると、水だけで100人企業なら約1トン。段ボール(2L×6本入り)で約83箱です。「思ったより多い」というのが、初めて計算した担当者の共通の感想です。だからこそ、次章の「現実的な調整」が重要になります。

3. 現実的な調整──出社率・来客・持病
条例の目安は「全員が出社している」前提の満額です。実態に合わせて、根拠を持って調整しましょう。
出社率で調整する
リモートワークが定着した会社なら、「最大出社日の出社人数」を基準にします。ポイントは平均ではなく最大値を使うこと。全社会議や繁忙期など、最も人が集まる日に発災しても足りる数量が下限です。
- 例: 従業員300人・最大出社率60% → 180人×1.1(来客分)=198人分
- 出社率の実績はセキュリティゲートや勤怠データで確認し、算定根拠を防災計画に明記しておく(後から「なぜこの数量か」を説明できるように)
来客・訪問者の分
前述の10%が基本ですが、ショールームや教室など来客が常時多い業態は実態に合わせて上乗せします。来客向けは個包装・アレルギー表示が明確なものを選ぶとトラブルを避けられます。
持病・多様性への対応
全員一律の備蓄だけでは対応できないものがあります。
- 服薬が必要な従業員: 会社が薬を備蓄するのは現実的ではないため、「常用薬は各自3日分をデスクに置く」ことをルール化し、防災訓練時に携行を確認する
- 食物アレルギー: アレルギー対応食(特定原材料不使用のアルファ化米など)を一定割合混ぜる
- 女性・高齢者・障害のある従業員: 生理用品、成人用おむつ等は本人からは言い出しにくい。担当者が黙って揃えておく品目
- 乳幼児連れの来客が想定される業態: 液体ミルク・おむつを少量
4. どこに置くか、どう回すか
分散保管が原則
備蓄を1か所の倉庫にまとめると、その区画が被災したりドアが歪んで開かなくなった時点で全滅します。フロアごと・部署ごとの分散保管が原則です。
- 執務フロアに最低1日分: キャビネット上段や共用棚に。エレベーター停止時、地下や上層階の倉庫から数百キロの水を階段で運ぶのは不可能と考える
- 個人配布という選択肢: 1人1箱の「パーソナル防災ボックス」をデスク下に配布する方式。保管場所問題が一気に解決し、持病薬・眼鏡など個人特有の物も入れられる。デメリットは期限管理が個人任せになりやすいこと
- テナントビルの場合: 共用部(廊下・パイプスペース)への保管は消防法・ビル管理規約に抵触することがある。必ずビル管理会社に相談し、ビル全体の防災計画(防災センター、非常用発電、給水)と自社備蓄の役割分担を確認する。ビルによっては共同備蓄倉庫を持つ場合もある
期限管理の年間カレンダー
備蓄は「買って終わり」ではなく「回す」ものです。担当者が異動しても止まらないよう、仕組みにしておきます。
時期 | やること |
|---|---|
3月(年度末) | 備蓄台帳の棚卸し。数量・期限を一覧化し、次年度予算に買い替え分を計上 |
6月 | 梅雨・台風期の前に保管場所の湿気・浸水リスクを点検 |
9月(防災の日前後) | 防災訓練とセットで、期限1年以内の食料を従業員に配布して試食(ローリングストック)。感想を次回の選定に反映 |
12月 | 冬期に向けて毛布・カイロ類を点検。年内に台帳を更新 |
- 賞味期限は「5年保存」に統一すると管理が楽。期限がバラバラだと毎年少しずつ廃棄が発生する
- 期限切れ前の配布は、従業員が備蓄の存在と置き場所を知る機会にもなる(備蓄があっても、在り処を誰も知らなければ機能しない)
- 台帳はスプレッドシートで十分。「品目・数量・保管場所・期限・購入日・担当」の6列を維持する
5. 見落とされる「4日目以降」──順次帰宅にどう備えるか
ここからが、多くの防災記事が書いていない部分です。
3日分の備蓄は「待機」のための備えです。では4日目、待機が解けたあとはどうなるか。全員が同時に帰るのではなく、混乱の収束状況に応じて「順次帰宅」することになります。このフェーズの準備をしている会社は、待機準備をしている会社に比べて格段に少ないのが実情です。
帰宅ルールを事前に決めておく
発災後にその場で判断するのは困難です。次の3点をあらかじめ防災計画に書いておきます。
1. 帰宅開始の判断基準: 「行政の帰宅困難者向け情報(都や区の発信)で安全が確認されてから」「鉄道の運行再開状況を確認してから」など、判断のトリガーを明文化する
2. 帰宅の順序: 全員一斉ではなく、家庭の事情(乳幼児・要介護家族がいる人)を優先し、あとは自宅の方面別・距離別にグループ化して時間差で送り出す
3. 帰さない判断: 自宅が遠距離(一般に20km以上の徒歩帰宅は困難とされる。中央防災会議の想定では10km以内は帰宅可能、10〜20kmは距離に応じて困難者が増加)の従業員には、無理に帰らず待機継続や近隣の一時滞在施設を案内する
徒歩帰宅の装備──備蓄リストの「第2部」
徒歩帰宅は時速3〜4km程度。10kmなら約3時間、20kmなら6時間以上の「徒歩行軍」です。これを支える装備は、待機用の備蓄とは別のリストになります。
品目 | 目安 | 備考 |
|---|---|---|
歩ける靴 | 各自1足をオフィスに常備 | 革靴・ヒールで20kmは歩けない。スニーカーのデスク下常備をルール化 |
紙の地図・帰宅支援マップ | 方面別に複数部 | スマホの電池切れ・通信障害を想定。都県が公開する帰宅支援マップや市販の帰宅支援地図 |
携行用の水・行動食 | 500ml×2本+カロリー系補助食品 | 待機用備蓄から「持ち出し分」として払い出す設計にしておく |
モバイルバッテリー | 1人1個 | 帰宅中の安否連絡・情報収集用 |
小型ライト・ホイッスル | 1人1個 | 停電した夜道、ガード下、地下道 |
雨具 | 後述 | 雨天時の帰宅は想像以上に消耗する |
なお、災害時には都県と協定を結んだコンビニ・ガソリンスタンド等が「災害時帰宅支援ステーション」として水道水・トイレ・道路情報を提供します(都県と事業者の協定による)。帰宅ルート上のステッカー表示を、平時の訓練で従業員に周知しておくと実効性が上がります。
雨天時の帰宅と傘──「濡れて歩く6時間」を防ぐ
見落とされがちですが、発災が雨の日、あるいは待機明けの帰宅日が雨という確率は決して低くありません。雨に濡れたまま数時間歩けば、体温が奪われ、特に春秋冬は低体温症のリスクが現実になります。夏でも、濡れた衣服での長時間歩行は体力を大きく削ります。
- レインコート(ポンチョ型)は両手が空くため徒歩帰宅向き。備蓄に人数分入れておく価値が高い
- 傘は瓦礫や段差で片手がふさがる欠点はあるものの、着脱の手間がなく、日常でも使えるため常備しやすい
- 現実には「置き傘が誰のものか分からず、本数も足りない」オフィスが多い。共用の傘を計画的に置いておくことが、帰宅装備としてもっとも手軽な備えになる
この「共用の傘」を仕組みで用意する方法として、傘のシェアリングサービスをオフィスに設置する選択肢があります。たとえばアイカサはオフィスに傘立てを設置し、従業員が無料で傘を使える仕組みで、借りた傘は帰宅途中の駅やコンビニなど全国1,000駅以上・合計約2,500か所(2026年7月時点)で返却できます。
設置スペースは約48cm四方・工事不要のため、備蓄倉庫を圧迫しません。平時は急な雨の置き傘として機能し、非常時には帰宅装備の一部になる──「日常で使われているものは災害時にも機能する」というフェーズフリーの考え方に沿った備えです。

6. スペースも予算も限られる会社の優先順位
最後に、「全部は無理」という会社のために、優先順位を整理します。
優先順位の考え方
1. 水と簡易トイレが最優先。食料は3日程度なら耐えられるが、水とトイレは半日で破綻する。特にトイレは軽視されがちだが、断水したオフィスで100人が3日過ごすと1,500回分必要になる
2. 次に食料と情報手段(ラジオ・モバイルバッテリー)
3. 毛布・衛生用品
4. 徒歩帰宅装備(靴の個人常備ルール化は費用ゼロで今日から始められる)
予算とスペースの現実解
- 段階的に揃える: 初年度は水・トイレ・食料1日分、翌年度に3日分へ拡充、という複数年計画でも「ゼロ」よりはるかに良い。予算申請も通りやすい
- 個人配布方式でスペース問題を回避: デスク下のパーソナルボックスなら専用倉庫が不要
- 費用ゼロの施策から始める: スニーカー常備ルール、常用薬3日分ルール、安否確認手順と帰宅ルールの文書化は、備品購入より先にできる
- 家族との安否確認手段を決めておく: 従業員が落ち着いて待機できるかどうかは、「家族の無事が確認できるか」で決まる。災害用伝言ダイヤル(171)や災害用伝言板の使い方を家族と共有しておくことを社内に呼びかける
まとめ
- 東京都帰宅困難者対策条例は、一斉帰宅の抑制のため3日分(水9L・食料9食・毛布1枚+簡易トイレ)の備蓄を努力義務としている
- 数量は最大出社日の人数×1.1で現実的に調整し、算定根拠を残す
- 保管はフロア分散、管理は年間カレンダーとローリングストックで回す
- そして、条例が守備範囲とする72時間の先──順次帰宅のルール・徒歩装備・雨天への備えまでを計画に入れて、はじめて「従業員を家まで帰せる」防災になる
備蓄は一度整えれば終わりではありませんが、最初の一歩は数量表のとおり計算して発注するだけです。この記事をそのまま稟議の添付資料にしていただいて構いません。
※本記事の条例・ガイドラインに関する記述は2026年8月時点の公開情報に基づきます。最新の内容は東京都防災ホームページ(https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/kitaku_portal/1000050/1000536.html)をご確認ください。
オフィスの傘の備えを仕組みにするなら
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